社労士試験の独学|労基法|賃金の支払(賃金支払の5原則)、非常時払

労基|賃金|①

まえがき

この記事では、労働基準法の「賃金」の章から次の事項を解説しています。

  • 賃金の支払(24条)
  • 非常時払(25条)

社会保険労務士試験の独学、労務管理担当者の勉強などに役立てれば嬉しいです。

当記事は、条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しておりますが、厳密な表現と異なる部分もございます。

詳しくは免責事項をご確認ください。

賃金の支払(24条)

賃金は①通貨で②直接労働者に③全額を④毎月1回以上⑤一定の期日を定めて支払わなければならない。
賃金支払の5原則

労基法24条では、労働の対価である賃金を労働者本人が確実に受け取れるよう、賃金の支払い方法について5つの原則を定めています。

  • 通貨払の原則
  • 直接払の原則
  • 全額払の原則
  • 毎月払の原則
  • 一定期日払の原則

一般的には、①〜⑤の総称を「賃金支払の5原則」といいます。

④と⑤をひとつにまとめて「賃金支払の4原則」とする場合もありますが、当記事では「賃金支払の5原則」の表現で統一して解説します。

加工前の条文はタブを切り替えると確認できます。

労働基準法24条

第1項

賃金は、①通貨で、②直接労働者に、その③全額を支払わなければならない。

ただし、次のいずれかの場合においては、通貨以外のもので支払うことができる。

  • 法令に別段の定めがある場合
  • 労働協約に別段の定めがある場合
  • 厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合

また、次のいずれかの場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

  • 法令に別段の定めがある場合
  • 当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合との書面による協定がある場合
  • 労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合

第2項

賃金は、④毎月1回以上、⑤一定の期日を定めて支払わなければならない。

ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という)については、この限りでない。

第二十四条 

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

② 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。


第1項では、賃金をどのようにして支払うのかを定めています。

①通貨で②労働者に直接③全額を支払います。

例外として、第1項ただし書きに該当するならば、賃金を「通貨以外のもの」で支払うこと、賃金の全額から「一部を控除する」ことが認められます。

第2項では、賃金を支払う時期を定めています。

④毎月1回以上、⑤一定の期日を定めて支払います。

ただし、臨時に支払われる賃金や賞与など(例えば、退職金やボーナス)については④および⑤の規定は適用されません。

罰則

労基法24条の規定に違反した者には、30万円以下の罰金が定められています(労基法120条)

賃金

労基法24条の「賃金」とは、労基法11条における「賃金」です。

そのため、「賃金」ではない福利厚生施設等(就業規則等に予め支給条件を定めていない弔慰金、災害見舞金など)には、賃金支払の5原則は適用されません。

関連記事
社労士試験の独学|労基法|賃金の定義

賃金(11条)については、こちらの記事で解説しています。

以降「賃金支払の5原則」について、①〜⑤のそれぞれの原則を解説します。

①通貨払の原則

賃金は通貨で支払う必要がある。

通貨払の原則」は、賃金の支払いを通貨で義務づけています。

例えば、賃金の全部または一部を「通貨での支払」に代えて、商品券や自社製品で支払うこと(いわゆる現物給与)は原則として認められません。

ただし、次のいずれかにあてはまると、賃金を「通貨以外のもの」で支払うことができます(労基法24条1項ただし書き)

  • 法令に別段の定めがある場合
  • 労働協約に別段の定めがある場合
  • 厚生労働省令で定める方法で支払う場合(*)

(*)労基法24条1項ただし書きにある「厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるもの」を「厚生労働省令で定める方法」と略しています。


現物給与

現在、法令に別段の定めはありません。

そのため、現物給与(退職手当を小切手の交付または郵便為替で支払う場合を除く)を採用するには労働協約による定めが必要です。

労働協約の定めにより賃金を通貨以外のもので支払うこと(現物給与)が許されるのは、その労働協約の適用を受ける労働者に限られます(昭和63年3月14日基発150号)

ちなみに、労働者の過半数を代表する者との協定(労使協定)では、現物給与は採用できません(昭和63年3月14日基発150号)


預金口座への振込み等

労働者の同意があるならば、賃金を預金口座等への振込みで支払うことができる。

「通貨で支払わなければならない」とあるものの、何がなんでも現金通貨を直接労働者に手渡しさせるものではありません。

結論としては、使用者は、労働者の同意を得た場合には、次の1号〜3号により賃金を支払うことができます。

賃金の口座振込み等(労基則7条の2 第1項1号~3号)

1号 銀行その他の金融機関の預金または貯金の口座への振込み(預貯金口座への振込み

2号 証券会社の一定の要件を満たす預り金に該当する証券総合口座への払込み(証券総合口座への払込み

3号 指定資金移動業者の口座への資金移動(賃金のデジタル払い

ただし、賃金のデジタル払いについては、労働者の同意の他に、次の要件が追加されています。

  • 労働者が1号または2号による賃金の支払を選択できるようにすること
  • (単に同意を得るだけでなく)当該労働者に対し一定の事項を説明した上で、当該労働者の同意を得ること

上記のとおり、使用者が、賃金の支払い方法を「賃金のデジタル払い」に強制することはできません。


口座振込み等についての通達

次の2つの通達から論点を抜粋して解説します。

  • 改正労働基準法の施行について(昭和63年1月1日基発1号)
  • 賃金の口座振込み等について(令和4年11月28日基発1128第4号)

上記通達は、どちらも厚生労働省のホームページから確認できます。

当記事では、一部の内容のみを取り上げます。一次情報については上記通達をご参照ください。

「同意」について

労基則7条の2第1項における労働者の「同意」は、労働者の意思に基づくものである限り、その形式は問わないとあります(昭和63年1月1日基発1号)

とはいえ、今後の行政指導について定めた通達では、次のように示されています(令和4年11月28日基発1128第4号)

預貯金口座への振込み、証券総合口座への払込み、賃金のデジタル払い(左記3つを合わせて口座振込み等)は、書面又は電磁的記録(書面等)による個々の労働者の同意により開始し、その書面等には次の①から③までに掲げる事項を記載すること。

ただし、賃金のデジタル払いは、労働者が指定する指定資金移動業者に応じて、その書面等に次の④に掲げる事項も記載すること。

  • 口座振込み等を希望する賃金の範囲及びその金額
  • 労働者が指定する金融機関店舗名並びに預金又は貯金の種類及び口座番号、労働者が指定する証券会社店舗名及び証券総合口座の口座番号、又は労働者が指定する指定資金移動業者名、資金移動サービスの名称、指定資金移動業者口座の口座番号(アカウントID)及び名義人(その他、指定資金移動業者口座を特定するために必要な情報があればその事項(例:労働者の電話番号等))
  • 開始希望時期
  • 代替口座として指定する金融機関店舗名、預金若しくは貯金の種類及び口座番号又は代替口座として指定する証券会社店舗名及び証券総合口座の口座番号

労使協定の締結

労基則7条の2によると、口座振込み等を開始するための要件は「労働者の同意」です。

しかしながら、行政指導について定めた通達には、次のように示されています(令和4年11月28日基発1128第4号)

口座振込み等を行う事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合と、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者と、次に掲げる事項を記載した書面又は電磁的記録による協定を締結すること

  • 口座振込み等の対象となる労働者の範囲
  • 口座振込み等の対象となる賃金の範囲及びその金額
  • 取扱金融機関、取扱証券会社及び取扱指定資金移動業者の範囲
  • 口座振込み等の実施開始時期

賃金の支払に関する計算書の交付

賃金の支払い関する計算書についても基準が示されています(令和4年11月28日基発1128第4号)

使用者は、口座振込み等の対象となっている個々の労働者に対し、所定の賃金支払日に、次に掲げる金額等を記載した賃金の支払に関する計算書を交付すること。

  • 基本給、手当その他賃金の種類ごとにその金額
  • 源泉徴収税額、労働者が負担すべき社会保険料額等賃金から控除した金額がある場合には、事項ごとにその金額
  • 口座振込み等を行った金額

他には、口座振込み等がされた賃金の払出しまたは払戻しの時間についての基準なども示されています。


賃金のデジタル払い

続いて、賃金のデジタル払いです。

用語を簡単に説明します。

  • 指定資金移動業者
    ⇒資金移動業者であって、厚生労働大臣の指定を受けた者
  • 賃金のデジタル払い
    ⇒「労働者が指定した指定資金移動業者」の第二種資金移動業に係る口座への資金移動
  • 第二種資金移動業
    ⇒資金決済法36条の2第2項に規定する第二種資金移動業

「賃金のデジタル払い」には指定資金移動業者が必要です。

2024年12月13日現在、賃金のデジタル払いが認められる指定資金移動業者は2社(PayPay株式会社、株式会社リクルートMUFGビジネス)です。

各事業場では、労使協定を締結し(場合によっては就業規則を改定し)、労働者に一定の事項を説明したうえで当該労働者の同意を得ます。

なお、労働者への説明については、使用者から指定資金移動業者への委託も認められています(令和4年11月28日基発1128第4号)

ただし、労働者の同意については、使用者が得なければなりません(前掲通達)

厚生労働大臣の指定を受けるための要件、労働者への説明事項は下のタブ内に整理しておきます。

社労士試験でも問われているため、余裕のある方は一読してみてください。

  • 厚生労働大臣の指定を受けるための要件(イ~チ)
  • 労働者に説明が必要な事項(イ~ヘ)

イ〜ヘは共通事項です。ト、チについては労働者に説明する事項には含まれません。

共通事項

イ|口座の上限額は100万円以下

賃金の支払に係る資金移動を行う口座(以下「口座」)について、労働者に対して負担する為替取引に関する債務の額が100万円を超えることがないようにするための措置又は当該額が100万円を超えた場合に当該額を速やかに100万円以下とするための措置を講じていること。

ロ|指定資金移動業者の破綻時の資金保全 

破産手続開始の申立てを行ったときその他為替取引に関し負担する債務の履行が困難となときに、口座について、労働者に対して負担する為替取引に関する債務の全額を速やかに当該労働者に弁済することを保証する仕組みを有していること。

ハ|指定資金移動業者口座の資金が不正に出金された場合の補償

口座について、労働者の意に反する不正な為替取引その他の当該労働者の責めに帰することができない理由で当該労働者に対して負担する為替取引に関する債務を履行することが困難となことにより当該債務について当該労働者に損失が生じたときに、当該損失を補償する仕組みを有していること。

ニ|10 年間は債務を履行できるようにしていること

口座について、特段の事情がない限り、当該口座に係る資金移動が最後にあった日から少なくとも10年間は、労働者に対して負担する為替取引に関する債務を履行することができるための措置を講じていること。

ホ|賃金の支払を含む口座への資金移動を1円単位で行うことができること

口座への資金移動が1円単位でできるための措置を講じていること。

ヘ|1円単位で払出できること、毎月1回は手数料を無料とすること

口座への資金移動に係る額の受取について、現金自動支払機を利用する方法その他の通貨による受取ができる方法により1円単位で当該受取ができるための措置及び少なくとも毎月1回は当該方法に係る手数料その他の費用を負担することなく当該受取ができるための措置を講じていること。

厚生労働大臣の指定に係る要件

ト|厚生労働大臣への報告体制の構築

賃金の支払に関する業務の実施状況及び財務状況を適時に厚生労働大臣に報告できる体制を有すること。

チ|技術的能力、社会的信用を有すること

イからトまでに掲げるもののほか、賃金の支払に関する業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有すること。


賃金のデジタル払いについては制度の過渡期なため、最新の情報を厚生労働省のホームページでご確認ください。

参考|厚生労働省(外部サイトへのリンク)|資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について


退職手当の支払い

「退職手当の支払」に限り、労働者の同意を得た場合には、先述の1号〜3号(口座振込み等)の方法に加え、小切手の交付や郵便為替(ゆうちょ銀行等であつかう小切手のようなもの)による支払いも可能です(労基則第7条の2 第2項)

退職手当の支払についての通貨払いの例外における労働者の「同意」については、労働者の意思に基づくものである限り、その形式は問わないとあります(昭和63年1月1日基発1号)

ここまでが「通貨払いの原則」の解説です。


②直接払の原則

賃金を労働者の代理人に支払うことは禁止されている。

直接払の原則」では、賃金を支払う相手を「労働者」本人に限定しています。

例えば、労働者の親権者に賃金を支払うと労基法に違反します。

また、労働者の親権者の他にも、法定代理人、労働者の委任を受けた任意代理人に賃金を支払うことは、いずれも労基法24条に違反します(昭和63年3月14日基発150号)

労働の対価である賃金を労働者に直接支払うことで、搾取(例えば、賃金の一部を労働者以外の誰かが抜き取ること)を禁止しています。

ただし、「使者」に対して賃金を支払うことは差し支えないと解されています(昭和63年3月14日基発150号)

「使者」は、労働者の意思表示をそのまま相手に伝える人です。賃金であれば、労働者の意思表示のまま賃金を受け取ります。

また、賃金を受け取る側ではなく、渡す側についての解釈もあります。

社労士試験で出題実績があるため、労働者派遣についての通達を紹介します。

派遣中の労働者について

派遣中の労働者の賃金を派遣先の使用者を通じて支払うことについては、派遣先の使用者が、派遣中の労働者本人に対して、派遣元の使用者からの賃金を手渡すだけであれば、直接払の原則には違反しないものであること(昭和63年3月14日基発150号)


③全額払の原則

全額払の原則

全額払の原則」では、賃金の全額から何かしら控除することを原則として禁止しています。

「直接払の原則」とあわせて、労働者が労働の対価である賃金を全額受け取れるように定めています。

ただし、所得税の控除など、全額払の原則にも一定の例外があり、次のいずれかにあてはまると、賃金の一部を控除して支払うことができます(労基法24条1項ただし書き)

  • 法令に別段の定めがある(所得税の源泉徴収、社会保険料の控除など)
  • 事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときは、その労働組合との書面による協定がある
  • 事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がないときは、労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある

労働組合費の控除(いわゆるチェック・オフ)や社宅の費用を賃金から控除するためには、労使間での賃金控除に関する協定の締結が必要です。

通貨払の原則で解説したとおり、賃金の現物給与は労働協約が必要です。一方、賃金の一部控除については、労使協定(届出は不要)で制度を導入できます。

賃金計算の端数処理

賃金は「全額」払いが原則なものの、賃金計算において端数は生じえます。

次の方法による端数処理については、常に労働者の不利となるものではなく、簡便的な事務処理を目的としたものと認められるため、法24条(全額払の原則)および法37条(割増賃金)違反としないと解されています(昭和63年3月14日基発150号)

「賃金の計算方法」は、就業規則に記載が必要です(労基法89条)

また、就業規則の作成義務のない使用者においても、労働条件について必ず明示しなければならない事項(絶対的明示事項)です(労基法15条、労基則5条)

「賃金計算の端数処理」の方法も賃金の計算方法(労働条件)に含まれます。

1カ月の賃金支払額における端数処理(昭和63年3月14日基発150号)

  • 1カ月の賃金支払額(賃金の一部を控除して支払う場合には控除した後の金額)に100円未満の端数が生じた場合、50円未満の端数を切り捨て、50円以上を100円に切り上げて支払う
  • 1カ月の賃金支払額(賃金の一部を控除して支払う場合には控除した後の金額)に生じた1,000円未満の端数を、翌月の賃金支払日に繰り越して支払う

上記の取扱いが認められるのは「1カ月の賃金支払額」についての端数処理です。1日の賃金支払額ではありません。

また、「50円未満の端数を切り捨て、50円以上を100円に切り上げ」がセットです。「50円未満の端数を切り捨て」のみでは、一律に賃金額に不足が生じるため認められません。

割増賃金の計算における端数処理(昭和63年3月14日基発150号)

  • 1時間あたりの賃金額および割増賃金額に円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、50銭以上を1円に切り上げる
  • 1カ月における時間外労働、休日労働、深夜業の各々の時間数の合計に1時間未満の端数が生じた場合に、30分未満の端数を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げる
  • 1カ月における時間外労働、休日労働、深夜業の各々の割増賃金の総額に1円未満の端数が生じた場合に、50銭未満の端数を切り捨て、50銭以上を1円に切り上げる

「30分未満の端数を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げる」は、1カ月における時間数の合計についての端数処理です。

そのため、1日の労働時間数について30分未満を切り捨てること(例えば、15分だろうと5分だろうと一律に賃金額、労働時間数に不足が生じる計算方法)は認められません。

参考|鹿児島労働局ホームページ(外部サイトへのリンク)|残業手当の端数処理は、どのようにしたらよいですか。


遅刻、早退、欠勤等の時間

労働の提供がなかった限度を超えて賃金をカットすることはできない。
労働の提供がなかった時間について

通達では次のように整理しています(昭和63年3月14日基発150号)

5分の遅刻を30分の遅刻として賃金をカットするような端数処理(実際よりも25分多くカット)は、労働の提供のなかった限度(実際に遅刻した5分)を超える賃金カットであり、25分についての賃金カットは、賃金の「全額払の原則」に反し、違法である。

ただし、上記のような取扱いを、就業規則に定める「減給の制裁」として、労基法91条の制限内でおこなう場合には、「全額払の原則」には反しない。

労働者が遅刻した5分については、労働者の都合によって労働の提供がなされていません。そのため、遅刻した5分については労働者は賃金を請求することができません(民法624条)

ただし、民法624条(いわゆるノーワーク・ノーペイの原則)は任意規定です。したがって、就業規則等に別段の定め(例えば、労基法を上回る基準)がある場合にはその規定に従います。

一方で、遅刻はしたものの出勤した後の25分については実際に労働した時間です。実際に労働した時間に対して賃金を支払わないことは「全額払の原則」に違反します。

なお、遅刻について就業規則に「減給の制裁」として定めても、減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えられません(労基法91条)

例えば、「5分の遅刻で1日を欠勤あつかいにする」などは、就業規則等に減給の制裁として定めたとしても認められません。

参考|鹿児島労働局ホームページ(外部サイトへのリンク)|賃金・退職金・賞与関係

退職金を放棄する意思表示

社労士試験でも繰り返し出題されている判例です。

「退職金債権を放棄する」意思表示は、「全額払の原則」に反し無効か否かが論点です。

退職金債権の放棄について

判例より論点を抜粋して解説します(最二小判 昭48.1.19 シンガー・ソーイング・メシーン事件)

(退職金が労基法11条の賃金に該当するか)

本件退職金は、就業規則において支給条件があらかじめ明確に規定され、会社が当然にその支払義務を負うものというべきであるから、労働基準法11条の「労働の対償」としての賃金に該当する。

したがって、その支払については、同法24条1項本文の定めるいわゆる全額払の原則が適用されるものと解するのが相当である。

(労働者が退職金債権を放棄する意思表示は「全額払の原則」の趣旨に反するか)

全額払の原則の趣旨は、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活をおびやかすことのないようにしてその保護をはかろうとするものというべきである。

労働者が退職に際し、みずから賃金に該当する退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、全額払の原則が意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。

(退職金債権を放棄する意思表示の効力について)

労働者が賃金に該当する退職金債権を放棄する旨の意思表示は、それが労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在するときは、効力を肯定して差し支えない。


全額払の原則と相殺について

使用者が労働者に対して有する債権と労働者の賃金請求権を示した図

使用者が、労働者に対して何かしらの債権(労基法17条に違反しない債権)をもっている場合に、労働者に支払う賃金と「相殺すること」は認められるのかが論点です。

まずは、損害賠償請求権と賃金請求権についてです。

損害賠償請求権と賃金請求権の相殺

判例より論点を抜粋して解説します(最大判 昭36.5.31 日本勧業経済会事件)

労働者の賃金債権に対しては、使用者は、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することは(その債権が労働者の故意または過失による不法行為を原因としたものであっても)許されない。

上記の事案では、使用者が労働者に対して有する損害賠償請求と労働者の賃金債権との相殺を認めていません。

次に、過払い賃金の清算、調整についてです。

判例では、「適正な賃金の額を支払うための手段たる相殺」であれば、「賃金と関係のない他の債権」を自働債権(相殺をしようとする側の債権)として相殺する場合とは様子が異なると示しています(最一小判 昭44.12.18 福島県教組事件)

過払い賃金の清算(調整的相殺)

判例より論点を抜粋して解説します(最一小判 昭44.12.18 福島県教組事件)

過払いとなった賃金を清算ないし調整するために、後に発生する賃金から控除することは、過払いのあった時期と賃金の清算時期とが合理的に接着した時期においてされなければならない。

また、あらかじめ労働者に賃金を控除することが予告されるとか、控除する額が多額にわたらないとか、要は「労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合」でなければならない。

上記の事案は労使協定の締結もありません。ただし、「労働者に予告したから」や「金額が少額だから」で過払い賃金の相殺が認められるとは限りません。

最後に、前払賃金についてです。

「何日分の賃金であれば少額といえるのか」や「翌月分の賃金となら相殺しても構わないのか」を一律に解すことはできないとしつつ、次のような行政解釈があります。

前払賃金の清算
前払賃金に係る賃金計算期間にストライキが発生した場合

毎月15日に当月の賃金を前払いする(7月15日に7月分の賃金を支払う)ことになっている会社において、7月21日から7月25日まで、5日間のストライキに入った事案です。

8月15日に支払う賃金(8月分の賃金)から、7月のストライキによる5日間分の賃金を控除して支払うことは、もともとの賃金計算に関するものであり、労基法24条に違反しないと解されています。昭和23年9月14日基発1357号)

労基法24条と相殺の関係は、社労士試験の勉強においては、次のように整理してみてください。

  • 「全額払の原則」の例外として、賃金の一部を控除して支払うためには、法令に別段の定めがある場合を除き、労使間で賃金控除に関する協定を締結することが必要
  • ただし、労使協定の締結がなくとも、過払いとなった賃金を後に発生する賃金から控除すること(調整的相殺)は認めた判例がある(最一小判 昭44.12.18 福島県教組事件)
  • なお、調整的相殺が許されるには、その行使の時期、行使の方法、控除する金額などからみて、労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれがないことが必要とされている(前掲 福島県教組事件)

全額払の原則と争議行為

労働者が同盟罷業(ストライキ)、怠業(スローダウン)その他の争議行為によって、労働契約に従った労働の提供をしていないならば、使用者は、労働の提供のなかった限度において賃金を支払わなくとも労基法24条に違反しません(昭和23年7月3日基収1894号)

むしろ、労働者が争議行為に参加して労務の提供をしなかった場合に、労務の提供のなかった限りにおいて賃金を差し引かずに支払うことは、労働組合法7条3号の「労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること」に該当し、不当労働行為(労働者の団結権等を確保するために使用者に禁止されている行為)となると解されています(昭和27年8月29日労収3548号)

なお、一部の労働者による争議行為があった場合に、当該争議行為により全然影響をうけない作業に従事する他の労働者の賃金を一律に差引くことは労基法24条に違反します(昭和24年5月10日基発523号)


④毎月払の原則

賃金は毎月支払わなければならないため、偶数月にまとめて支払うことは認められない。

臨時に支払われる賃金、賞与、その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金に該当しない賃金については、毎月支払う必要があります。

例えば、毎月分の賃金(給料)を公的年金のように偶数月にまとめて支払うことはできません。

年俸制についても、毎月1回以上(一定の期日を定めて)支払う必要があります。ただし、各月の支払い額を均等にすることまでは労基法で定められていません。

臨時に支払われる賃金

臨時に支払われる賃金とは、臨時的、突発的事由にもとづいて支払われたもの、および支給条件はあらかじめ確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、かつ非常に稀に発生するものをいいます(昭和22年9月13日発基17号)

例えば、結婚祝金や退職金などです。

賞与

通達では次のように整理しています(昭和22年9月13日発基17号)

  • 賞与とは、定期または臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額があらかじめ確定されていないものをいう
  • 定期的に支給され、かつその支給額が確定しているものは、名称にかかわらず、賞与とはみなさない
  • 従って、かかるもので労基則8条に該当しないものは、労基法24条2項の規定により毎月支払わなければならない

年俸制における賞与(の部分)については、支給額が確定しているものは労基法上の賞与とはみなされません(上記通達)

(東京労働局ホームページにて取扱いが示されていましたが、該当ページが削除されました。そのため、当記事内のリンクも削除しています)


臨時に支払われる賃金、賞与に準ずるもの

厚生労働省令で定める賃金は、次のように定められています(労基則8条)

  • 1カ月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当
  • 1カ月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
  • 1カ月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給または能率手当

なお「1カ月を超える期間」が条件なので、各月ごとに計算される能率手当等は「臨時の賃金等」に該当しません。


⑤一定期日払の原則

賃金を支払う期日は周期的に到来する必要がある。

臨時に支払われる賃金、賞与、その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(臨時の賃金等)に該当しない賃金については、一定の期日を定めて支払う必要があります。

「一定の期日を定めて」とあるため、期日を特定し、特定した期日が周期的に訪れる必要があります。

例えば、賃金を「毎月25日払い」との定めは認められます。

一方で、「各月20日〜25日の間に支払う」では賃金の支払い日を特定しておらず認められません。

期日は必ずしも暦日(何月何日)を指定する必要はなく、例えば、月給制において「月末払い」との定めも認められます。4月は30日、5月は31日など、月によってその月の総日数は異なりますが、月給制における「月末」という期日は周期的に訪れます。

一方で、月給制における「毎月第4金曜日に支払う」では、期日が月によって変動する(4週目の金曜日となったり、5周目の金曜日となるため周期が一定にならない)ため認められません。

なお、週給制において「毎週金曜日に支払う」と定める場合には、期日が周期的に訪れるため認められます。

賃金の支払の時期

所定の賃金支払日が会社の休日にあたる場合は、支払日を早めたり(繰り上げたり)次の営業日に支払う(繰り下げる)ことは認められます。

ただし、月給制において賃金を「月末払い」としているならば、④毎月払の原則との兼ね合いもあり、支払日を早める(繰り上げ)のみを選択できます。

「賃金の支払の時期」は、就業規則に記載が必要です(労基法89条)

また、就業規則の作成義務のない使用者においても、「賃金の支払の時期」は、労働条件を必ず明示しなければならない事項です(労基法15条、労基則5条)


非常時払(25条)

賃金の非常時払が可能となる請求理由は、労働者または労働者が生計を維持する者の、出産、疾病、災害、結婚、死亡、帰郷。
賃金の非常時払を請求し得る理由|出産、疾病、災害、結婚、死亡、帰郷

労基法24条にて⑤一定期日払の原則が定められている以上、使用者は賃金を期日に支払う必要があります。言い換えると、使用者は賃金を期日に支払うことで足ります。

とはいえ、賃金の支払期日の前に非常時の費用が必要となる場合(例えば災害など)があります。そのため、労基法25条では賃金の非常時払を定め、労働者の不便を補っています。

労働基準法25条

使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。

既往の労働とあるため、いまだ労働の提供を受けていない期間については、使用者は(任意で支払いに応じるかは別として)非常時払いに応じる義務はありません。

非常時払の請求

労働者が労基法25条の請求し得るのは、次の理由に基づく場合です。

  • 労働者が出産疾病災害の費用に充てるため
  • 厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるため

厚生労働省令で定める非常の場合は、労基則9条で次のように定められています。

  • 労働者の収入によって生計を維持する者が出産し、疾病にかかり、又は災害をうけた場合
  • 労働者又はその収入によって生計を維持する者が結婚し、又は死亡した場合
  • 労働者又はその収入によって生計を維持する者がやむを得ない事由により一週間以上にわたって帰郷する場合

「労働者の収入によって生計を維持する者」とあるため親族に限られません。ただし、使用者に賃金の非常時払を請求できるのは労働者です。

疾病とは業務上の疾病、負傷に限らず、業務外の私傷病も含み、災害とは、人災だけでなく地震、洪水等の自然災害も含むと解されています。

参考|厚生労働省(外部サイトへのリンク)|労働基準法第25条(非常時払)について

非常時払(労基法25条)も賃金の支払であるため、労基法24条1項の規定(賃金は、①通貨で、②直接労働者に、その③全額を支払わなければならない)が適用されます。

非常時なのに①現物を渡したり②非常時とは関係のない他の誰かに支払ったり③非常時のために請求した額よりも少ない金額を支払われると、労基法25条の趣旨に反してしまいます。

罰則

労基法25条の規定に違反した者には、30万円以下の罰金が定められています(労基法120条)


まとめ

ここまで労働基準法の「賃金」に関する次の事項を解説しました。

  • 賃金の支払(24条)
  • 非常時払(25条)

賃金の支払については、条文だけでなく事例も問われるため学習量が多くなる分野です。

社労士試験の勉強においては、「選択式の問題」に対応するためにも、全額払の原則についての判例も学習してみてください。

最後に、この記事をまとめて終わりにします。

この記事のまとめ

賃金支払の5原則(24条)

  • 通貨払の原則
  • 直接払の原則
  • 全額払の原則
  • 毎月払の原則
  • 一定期日払の原則

①通貨払の原則の例外

  • 法令に別段の定めがある場合
  • 労働協約に別段の定めがある場合
  • 厚生労働省令で定める方法で支払う場合(労働者の同意を得たうえでの預貯金口座への振込みなど)

②直接払の原則により支払いが禁止されている者

  • 親権者
  • 法定代理人
  • 任意代理人

「使者」に対して賃金を支払うことは差し支えない。

③全額払の原則の例外

  • 法令に別段の定めがある(所得税の源泉徴収、社会保険料の控除など)
  • 事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときは、その労働組合との書面による協定がある
  • 事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がないときは、労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある

④毎月払の原則、⑤一定期日払の原則の例外

  • 臨時に支払われる賃金
  • 賞与
  • その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(臨時の賃金等)

臨時の賃金等(労基則8条)

  • 1カ月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当
  • 1カ月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
  • 1カ月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給または能率手当

非常時払(25条)

使用者は、労働者より非常時払の請求をされた場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。

労働者は次の理由にもとづいて非常時払を請求できる。

  • 労働者又はその収入によって生計を維持する者の、出産、疾病、災害、結婚、死亡の費用に充てるため
  • 労働者又はその収入によって生計を維持する者が、やむを得ない事由により一週間以上にわたって帰郷する場合

(参考資料等)

厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html

  • 労働基準法24、25条、120条
  • 労働基準法施行規則7条の2、8条、9条
  • 昭和22年9月13日発基17号(労働基準法の施行に関する件)
  • 昭和27年9月20日基発675号(労働基準法の一部を改正する法律等の施行について)
  • 昭和63年1月1日基発1号(改正労働基準法の施行について)

厚生労働省|資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)についてより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03_00028.html

  • 令和4年11月28日基発1128第4号(賃金の口座振込み等について)

解釈例規(昭和63年3月14日基発150号)