この記事では、労働基準法の総則から次の用語の定義を解説しています。
- 使用者(10条)
社会保険労務士試験(以下、社労士試験)の独学などの役に立てば嬉しいです。
当記事は、条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しておりますが、厳密な表現と異なる部分もございます。
詳しくは免責事項をご確認ください。
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労基法上の使用者(10条)
「使用者」とは労働基準法上の義務についての履行の責任者をいいます(昭和22年9月13日発基17号)
労基法10条では「使用者」が何たるかを規定し、責任の主体を明らかにしています。
この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。
労基法上の「使用者」は次のとおりです。
- 事業主
- 事業の経営担当者
- その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者
それぞれ具体的に解説します。
事業主
法人組織であれば「法人」そのものです。
個人事業であれば「個人事業主」をいいます。
事業の経営担当者
法人の代表者や理事などをいいます。
その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者
「その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」……抽象的な表現です。
例えば、人事、給与などの労働条件の決定や労務管理に関する権限を有する者、具体的な指揮監督を行う者などをいいます。
一般的には、人事部長や労務管理部長、工場長やセンター長などが該当するでしょう。
「など」を多用し曖昧な表現となったのには理由があります。
役職の名称で「使用者」に該当するのかが決まるものではありません。
使用者であるかの認定は、部長、課長等の形式にとらわれることなく各事業において、本法各条の義務について実質的に一定の権限を与えられているか否かによるとされています(昭和22年9月13日発基17号)。
例えば部長であっても、単に上司の命令の伝達者にすぎない場合は使用者とはみなされません(昭和22年9月13日発基17号)
つまり、先ほど「など」を多用して列挙した役職者達も「使用者」か否かは実質的に判断されます。
ちなみに、管理監督者(労基法41条)以上の者にも限られていません。
具体的な事例
労基法における「使用者」か否かについて、いくつか事例を紹介します。
あってほしくはないことですが、事務代理の委任を受けた社会保険労務士が、申請等を怠って放置した場合です。
結論としては、上記の社会保険労務士は「使用者」に該当し、義務違反の行為者として責任を問われます。
労働基準法に基づく申請等について事務代理の委任を受けた社会保険労務士が、その懈怠により当該申請等を行わなかった場合には、当該社会保険労務士は、法10条にいう「使用者」に該当するものであり、本法違反の責任をとわれることになる(昭和62年3月26日基発169号)
上記通達によると、事務代理の委任を受けた社会保険労務士は、各法令等の両罰規定にいう「代理人、使用人その他の従業者」にも該当するとしています(前掲通達)
したがって、事業主についても両罰規定に基づき責任を問い得るものであるとしています(前掲通達)
両罰規定(労基法121条)は別記事(こちら)で解説しています。
(事業主の範囲で混乱するおそれがあるため、勉強して日が浅い方は後回しにしても構いません)
下請契約における下請負人が、いわゆる現場作業に従事することがあっても「事業主」に該当するか否かが論点です。
下請負人が、その雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するとともに、当該業務を自己の業務として注文主から独立して処理するものである限り、注文主と請負関係にあると認められます(昭和63年3月14日基発150号)
注文主と請負関係にあると認められる場合には、自然人(*)である下請負人が、たとえ作業に従事することがあっても、法9条の「労働者」ではなく、法10条にいう「事業主」に該当します(昭和63年3月14日基発150号)
(*)自然人(しぜんじん)とは、個人としての人間です。法人に対しての「生物としての人」と考えると分かりやすいかもしれません。
下請負人が労基法10条の「事業主」に該当するならば、労基法上の「使用者」となります。
請負契約、下請契約と労働契約の関係|
実務上の疑義が生じた場合は、専門家や行政機関等に相談して下さい。
労働者派遣法とも関わりがあるので下請契約について解説します。
既に知っている方は飛ばすなり調整して下さい。
下請契約における、①元請負人、②下請負人、③下請負人が雇用する労働者 という3者の関係が論点です。
①元請負人と②下請負人との間が下請契約(請負関係)と認められるには、②下請負人が③下請負人が雇用する労働者 を指揮監督し、下請契約に係る業務を①元請負人から独立して行うことが求められます。
下請契約と認められる場合には、②下請負人は現場で作業することがあっても事業主です。
ちなみに、建設業務については労働者派遣が禁止されています(労働者派遣4条1項2号)。
そのため、①元請負人と③下請負人が雇用する労働者との間に「指揮命令関係」が存在するといわゆる偽装請負となり、労働者派遣法に違反します。
(参考)建設業法第2条より「下請負人」等の定義
下請契約とは、建設工事を他の者から請け負った建設業を営む者と他の建設業を営む者との間で当該建設工事の全部又は一部について締結される請負契約をいいます。
発注者とは、建設工事(他の者から請け負ったものを除く)の注文者をいいます。
元請負人とは、下請契約における注文者で建設業者であるものをいいます。
下請負人とは、下請契約における請負人をいいます。
「使用者」としての責任を負うものは誰なのかが論点です。
出向は次の2つの形式に分類されています。
出向労働者と出向元、出向先の双方とそれぞれ労働契約関係にあります。
「在籍型出向」の場合は、権限と責任に応じてそれぞれ出向元、出向先が使用者としての責任を負います(昭和63年3月14日基発150号)
出向労働者と出向先のみが労働契約関係にあります。
「移籍型出向」の場合は、出向先のみが使用者としての責任を負います(昭和63年3月14日基発150号)
労働者派遣について、原則は、派遣中の労働者と労働契約関係にある「派遣元」が使用者としての責任を負います。
ただし、労働基準法の適用に関する特例(労働者派遣法44条)に、「派遣先」が派遣中の労働者に対して使用者としての責任を負う規定が設けられています。
下図は、労基法上の責任の分担(一部)について、派遣元と派遣先とで区別したものです。
派遣元 | 派遣先 |
均等待遇 | 均等待遇 |
男女同一賃金の原則 | なし |
強制労働の禁止 | 強制労働の禁止 |
なし | 公民権の行使の保障 |
労働契約 | なし |
賃金 | なし |
なし | 労働時間、休憩、休日 |
年次有給休暇 | なし |
就業規則 | なし |
ここまで労働基準法の総則から、労基法上の「使用者」について解説しました。
「使用者」に該当するのかは、役職名等の形式のみでなく、実質的に一定の権限が与えられているのかで判断されます。
労基法上の義務についての履行を確保するためにも、「使用者」に該当するか否かの判定は重要事項です。
しかし、労働者派遣や請負のように複雑な関係の下では、実質的に使用者としての権限が与えられているかの判断は単純ではありません。
社労士試験の勉強においては、労基法の学習と労働者派遣法等の周辺知識とを学習の進捗に合わせて結びつけてみてください。
最後に条文をもう一度確認して終わりにします。
労基法10条(使用者)
この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。
(参考資料等)
厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html
- 労働基準法10条
- 昭和22年9月13日発基第17号(労働基準法の施行に関する件)
厚生労働省|労働者派遣事業関係業務取扱要領(令和5年4月1日以降)|第8 労働基準法等の適用に関する特例等|
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/haken-shoukai/hakenyouryou_00003.html
労働基準法解釈例規について(昭和63年3月14日基発150号)