社労士試験の独学|労一|労働契約法②|労働契約の成立及び変更

まえがき

労働契約法の2章(労働契約の成立及び変更)から、次の規定を解説しています。

  • 労働契約の成立(6条)
  • 労働契約の変更(8条)
  • 労働契約成立時における労働条件(7条)
  • 就業規則による労働契約の内容の変更(9条、10条)
  • 就業規則の変更に係る手続(11条)
  • 就業規則違反の労働契約(12条)
  • 法令及び労働協約と就業規則との関係(13条)

社会保険労務士試験の独学、労務管理担当者の勉強などに役立てれば嬉しいです。

当記事は、条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しております。ただし、厳密な表現と異なる部分もございます。

詳しくは免責事項をご確認ください。

労働契約の成立と変更(原則)

労働契約の成立と変更の要件

労働契約は、労使の「合意」のみで成立します。

また、労働契約の内容(労働条件)も、労使の「合意」のみで変更できます。

なお、労契法における「使用者」は「労基法10条の事業主」に相当します(平成24年8月10日基発0810第2号)

労働契約法6条(労働契約の成立)

労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

労働契約法8条(労働契約の内容の変更)

労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

労契法6条および8条は、契約内容について書面を交わすことまでは要求していません。

社労士試験の問題を解く際は、労働契約の内容をできるだけ書面で確認すること(労契法4条2項)および書面での明示が義務付けられている労働条件(労基法15条)とは区別して考えてください。

労働条件の変更については8条が原則論です。労働契約の成立のみならず、変更についても労使の合意が必要です。

ただ、労働契約の内容(労働条件)の全てを労使で個別に合意するケースは少ないかもしれません。

実際問題としては、「就業規則で定める労働条件」を「個々の労働者の労働条件」にあてはめることが可能なのかが論点となります。

労働契約成立時における労働条件(就業規則)

労働契約と労働条件

労契法7条では、労働契約の締結時に「就業規則で定められている労働条件」を「個々の労働者の労働条件」とするための要件が定められています。

労働契約の成立についての合意はあるものの、労働条件は詳細に定めていないケースが該当します。

なお、「就業規則で定められている労働条件」を労働契約の内容とする場合でも、「労使の合意」のみで労働契約は成立します。

労働契約法7条

※ 勉強のため、改行して記載しています。

労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。

ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

留意点としては、労契法7条は「労働契約の成立場面」に適用されます(平成24年8月10日基発0810第2号)

労働契約が締結された後に、就業規則の存在しない事業場において新たに就業規則を制定した場合は適用されません(前掲通達)

また、就業規則については、「合理的な労働条件が定められている」および「労働者に周知させていた」が要件です。

7条ただし書き

労働条件について労使で個別に合意して、労働契約を締結するケースが該当します。

就業規則を「下回る基準」での合意はできませんが、「以上の基準」で合意した場合には、その基準が労働条件となります。

就業規則

労契法7条の「就業規則」は、労基法89条の「就業規則」と同様です(平成24年8月10日基発0810第2号)

労働者が就業上遵守すべき規律及び労働条件に関する具体的細目について定めた規則類の総称をいいます。

ただし、労契法7条の「就業規則」には、労基法89条では作成が義務付けられていない就業規則(*)も含まれます(前掲通達)

(*)「常時10人以上の労働者を使用する使用者」以外の使用者が作成する就業規則

周知

労契法7条の「周知」とは、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことを意味します(平成24年8月10日基発0810第2号)

例として、次の①から③が示されています。

  •  常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
  •  書面を労働者に交付すること
  •  磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること

労基法106条(法令等の周知義務)の周知は、上記①から③のいずれかの方法に限定されています(労基則52条の2)

一方、労契法7条の周知は、上記①から③に限定されず、実質的に判断されます(前掲通達)

ちなみに、「労働者に周知させていた」とは、労働契約の締結と同時の場合を含みます(前掲通達)

なお、労働者が就業規則の存在や内容を「現実に知っていたか」、「個別に同意したか」までは問われないと解されています。

参考|最大判 昭43.12.25 秋北バス事件

労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、その定めが合理的なものであるかぎり、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、法的規範としての性質認められるに至っており、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受けるというべきである。

参考|最二小判 平15.10.10 フジ興産事件

就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する。


労働契約の内容の変更(就業規則)

就業規則の変更による労働条件の不利益変更

はじめに、全体の流れを解説しておきます。

就業規則の変更によって労働条件を「労働者の不利益に」変更するためには、次の①②のいずれもが必要です。

  •  変更後の就業規則を労働者に周知させた
  •  就業規則の変更が合理的なものである

就業規則の変更が「合理的なもの」であるかは、次のような「就業規則の変更に係る事情」が総合的に考慮されます。

  • 労働者の受ける不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況
労働契約法9条(就業規則による労働契約の内容の変更)

※ 勉強のため、改行して記載しています。

使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。

ただし、次条の場合は、この限りでない。

労働契約法10条

※ 勉強のため、改行して記載しています。

使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。

ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

労働契約法11条(就業規則の変更に係る手続)

就業規則の変更の手続に関しては、労働基準法第89条及び第90条の定めるところによる。

通達から、いくつか留意点を紹介します(平成24年8月10日基発0810第2号)

  • 労契法9条および10条の「就業規則」には、労基法では作成が義務付けられていない就業規則を含みます
  • 「就業規則の変更」には、条項の新設も含まれます
  • 労契法10条の「周知」は、労契法7条の周知と同様です
  • 「合理的」なものであるという評価を基礎付ける事実についての主張立証責任は、使用者側が負います

就業規則の作成および変更については、こちらの記事で解説しています。

なお、労基法89条および90条の手続が履行されていることは、 労契法10条本文の法的効果を生じさせるための要件ではありません(前掲通達)

(合理性判断に際しては考慮され得ると示されています)

10条ただし書き

就業規則の労働条件への引き上げ

「就業規則の変更によって労働条件は変更できない」という趣旨の合意を労使で交わしたうえで、労働契約を締結したケースです。

上記ケースでは、労契法10条本文の要件を満たしたとしても、就業規則の変更によって(当該労働者の)労働条件を変更することはできません。

ただし、「就業規則の変更によって変更されないと合意していた労働条件」が「就業規則で定める労働条件」に達しない場合には、変更されないと合意していた労働条件であっても「就業規則で定める労働条件」に変更されます。

9条および10条の趣旨

通達によると、おおむね次のように示されています(前掲通達)

労契法9条は、合意の原則(労契法8条)を就業規則の変更による労働条件の変更の場面に当てはめ、使用者は就業規則の変更によって一方的に労働契約の内容である労働条件を労働者の不利益に変更することはできないと確認的に規定している。

その上で、労契法10条において、就業規則の変更によって労働契約の内容である労働条件が変更後の就業規則に定めるところによるもの とされる場合を明らかにしている。


労働条件の不利益変更

労働条件の不利益変更

先に解説したとおり、労契法9条は、「就業規則の変更」という手段をもって、労働者の不利益に労働条件を変更することを原則として禁止しています。

ただし、労契法10条の要件を満たすと、労使の合意(労契法8条)がなくとも、就業規則の変更をもって、労働者の不利益に労働条件を変更することが認められます。

なお、「労使の合意」による労働条件の不利益変更については禁止されていません。

参考|最二小判 平28.2.19日 山梨県民信用組合事件

労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される。

労働者が不利益変更に同意したか否か

不利益変更についての労働者の同意(例えば、使用者が示した同意書への署名押印などの行為)については、慎重に判断されるケースもあります。

使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、不利益変更に対する労働者の同意の有無は慎重に判断すべきと示されています。

参考|最二小判 平28.2.19日 山梨県民信用組合事件

当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。

そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解する。


合理性判断の考慮要素と判例法理との関係

結論としては、労契法10条の規定は判例法理に沿った内容であり、判例法理に変更を加えるものではないと示されています(平成24年8月10日基発0810第2号)

第四銀行事件最高裁判決(平9.2.28第二小法廷)においては、次の7つの考慮要素が列挙されています。

  • 就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度
  • 使用者側の変更の必要性の内容・程度
  • 変更後の就業規則の内容自体の相当性
  • 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
  • 労働組合等との交渉の経緯
  • 他の労働組合又は他の従業員の対応
  • 同種事項に関する我が国社会における一般的状況

上記①から⑦の中には内容的に互いに関連し合うものもあるため、労契法10条本文では、関連するものについては統合して列挙されています(前掲通達)


就業規則と労働契約等との法的関係

就業規則と法令等との関係

以降は、「法令」「労働協約」「就業規則で定める労働条件」「個別に合意した労働契約」の優先順位を解説します。

就業規則を下回る労働契約で合意したとしても、下回る部分については就業規則で定める基準まで引き上げられます。

ただし、就業規則で定める労働条件が法令または労働協約に反している場合には、就業規則で定める労働条件であっても労働契約の内容とはなりません。

労働契約法12条(就業規則違反の労働契約)

就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

労働契約法13条(法令及び労働協約と就業規則との関係)

就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第7条、第10条及び12条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない。

労契法12条および13条の「就業規則」には、労基法では作成が義務付けられていない就業規則を含みます(同旨 平成24年8月10日基発0810第2号)

労契法13条の「労働協約に反する場合」とは、就業規則の内容が労働協約において定められた労働条件その他労働者の待遇に関する基準(規範的部分)に反する場合をいいます(前掲通達)

なお、労契法13条の「法令」には、労働基準法以外の法令も含まれます(前掲通達)

参考|労基法92条1項

就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。

参考|労基法13条

この法律(労働基準法)で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。

参考|労組法16条

労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となった部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。


まとめ

ここまで、労契法の2章を解説しました。

当記事で解説した規定は、初見では場合分けで混乱するかもしれません。

そのため、冗長になってでも各規定を比較できるよう情報を配置しました。

過去問題集などと合わせて、繰り返し勉強してみてください。


(参考資料等)

厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html

  • 労働契約法6条、7条、8条、9条、10条、11条、12条、13条
  • 労働基準法13条、92条
  • 労働組合法16条

厚生労働省ホームページ|労働契約法についてより|
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21911.html

  • 関連通達(労働契約法の施行について 平成24年8月10日基発0810第2号)
  • 参考となる裁判例
  • 労働契約法のあらまし