この記事では、労働基準法の9章(就業規則)に関する次の規定を解説しています。
- 制裁規定の制限(91条)
- 法令及び労働協約との関係(92条)
- 労働契約との関係(93条)
社会保険労務士試験の独学、労務管理担当者の勉強などに役立てれば嬉しいです。
当記事は、条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しております。ただし、厳密な表現と異なる部分もございます。
詳しくは免責事項をご確認ください。
制裁規定の制限(91条)
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、事業場において制裁に関する定めをするならば、制裁の種類および程度について就業規則に記載しなければなりません(労基法89条)
これから解説する労基法91条は、制裁のうち「減給の制裁」についての制限を定めています。
就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
減給の制裁についての平均賃金の算定事由発生日は、減給の制裁の意思表示が相手方に到達した日です(昭和30年7月19日 29基収5875号)
「制裁を行った日」や「制裁の事由が発生した日」ではありません。
罰則
労基法91条の違反には、30万円以下の罰金が定められています(労基法120条)
社労士試験でも繰り返し問われているため解説します。
「減給の制裁」とは、職場の規律違反(無断欠勤や遅刻を繰り返すなど)をした労働者に対して行われる制裁の一つです。
労働した結果発生した賃金債権を「減給の制裁」により減額するのがポイントです。
「減給の制裁」がなければ労働者が本来受ける(べきであった)賃金額から一定額を差し引きます。
なお、労働者が(何らかの)制裁を受けたことにより、従前よりも賃金額が低下したとしても、直ちに「減給の制裁」に該当するものではありません。
通達から「減給の制裁」か否かの具体的な解釈を紹介します。
出勤停止
労働者が「出勤停止の制裁」を受けるに至った場合、出勤停止期間中の賃金を受けられないことは、出勤停止の当然の結果であって、通常の額以下の賃金を支給することを定める「減給の制裁」に関する規定に関係はありません(昭和23年7月3日基収2177号)
出勤停止の結果、賃金を受けられない(もしくは減額される)ことになりますが、実際に労働していないため「減給の制裁」には該当しません。
そのため、「出勤停止の制裁」については、労基法91条による制限を受けません。
昇給停止
就業規則に「懲戒処分を受けた場合は昇給させない」という欠格条件を定めても、労基法91条の「減給の制裁」に該当しないと解されています(昭和26年3月31日基収938号)
格下げによる賃金の低下
交通事故を惹起(じゃっき)した自動車運転手を制裁として助手に格下げした事案です。
次のように解されています(昭和26年3月14日基収518号)
- 制裁によって、自動車運転手の賃金から助手の賃金に低下したとしても、交通事故を惹起したことが運転手として不適格であるから助手に格下げするものであるならば、賃金の低下は労働者の職務の変更に伴う当然の結果である。そのため、法91条の制裁規定の制限に抵触するものではない。
また、「月給者を日給者に格下げ」という就業規則の制裁規定(日給は月給者の基本給の25分の1)について、次のような解釈があります(昭和34年5月4日基収2664号)
- 賃金支払の方法を変更するものであり、この変更により、ある月においては労働者が現実に労働した日数が25日に満たない場合に賃金額が減少するのであるから、法91条にいう「減給」に該当しない。
降給
「将来にわたって本給の10分の1以内を減ずる」という就業規則の「降給の制裁」については、次のように解されています(昭和37年9月6日基発917号)
上記の降給が、従前の職務に従事させながら、賃金額のみを減ずる趣旨であれば、減給の制裁として法91条の適用がある。
「減給の制裁」1回あたりの額および賃金から控除可能な総額について、次のように限度が設けられています。
- 「減給の制裁」1回あたりの金額は、平均賃金の1日分の50%まで
- 支払うべき賃金から控除可能な「減給の制裁」の総額は、現実に支払う賃金額の10%まで
1回の事案に対して
「減給の制裁」に該当する事案1回について、賃金カットの許される金額は平均賃金の1日分の半額です(同旨 昭和23年9月20日基収1789号)
平均賃金(1日)が9,600円ならば、1回あたりの減給の制裁は4,800円が上限になります。
例えば、1日の所定労働時間が8時間の労働者に対して、30分の遅刻または早退で丸々1日分の賃金をカットすることは「減給の制裁」としても認められません。あくまで平均賃金の1日分の50%が上限です。
また、1回の事案に対して、「平均賃金の50%」を2日に分けて減給することも認められません。1事案に対して「平均賃金の一日分の半額を超えてはならない」という制限が設けられています。
ちなみに、実際に遅刻または早退した時間(上記の例では30分)については賃金債権が生じないため、現実に労働していない時間分の賃金カットは「減給の制裁」にあたりません(昭和63年3月14日基発150号)
いわゆるノーワーク・ノーペイの原則です。
一方で、実際に遅刻した時間を超えて賃金をカットする(例えば、5分の遅刻を切り上げて30分とする)ならば、「減給の制裁」として定めなければならず、労基法91条の制限も受けます(同旨 昭和26年2月10日基収2414号)
なお、5分の遅刻を切り上げて30分として賃金をカットする取扱いを「減給の制裁」としてではなく、単に賃金計算として行う場合は、25分についての賃金カットは労基法24条の賃金の全額払の原則に反し違法となります(昭和63年3月14日基発150号)
数回におよぶ事案に対して
一賃金支払期(月給制ならば1カ月、週給制ならば1週間など)に発生した数事案に対する減給の総額は、一賃金支払期における賃金の総額の10%が限度です(同旨 昭和23年9月20日基収1789号)
1回あたりの給与から「減給の制裁」として控除の許される金額は、現実に支払われる賃金の総額(遅刻等の時間分の賃金を差し引いた後に残る金額)の10%を超えてはならないという趣旨です(同旨 昭和25年9月8日基収1338号)
複数回にわたり「減給の制裁」に該当し、1回の賃金の支払いで控除しきれない金額は、翌支払期以降に繰り越します。
賞与も賃金に該当するため、労基法91条の制限を受けます(昭和63年3月14日基発150号)
「減給の制裁」としての限度は、次のようになります。
- 「減給の制裁」1回あたりの金額は、平均賃金の1日分の50%まで
- 支払うべき賞与から控除可能な「減給の制裁」の総額は、現実に支払う賞与額の10%まで
法令及び労働協約との関係(92条)
ここからは減給の制裁から離れ、就業規則と法令等との関係について解説します。
労基法92条は、法令または労働協約と就業規則との関係(優劣)を定めた規定です。
① 就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
② 行政官庁(*)は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。
(*)変更命令は所轄労働基準監督署長が行います(労基則50条)
労基法92条2項は「変更を命ずることができる」規定です。所轄労働基準監督署長が就業規則を変更するものではありません。
就業規則は、使用者によって必要な手続がとられることにより変更されます。
社労士試験では、労基法92条2項の変更命令を厚生労働大臣、都道府県労働局長、都道府県知事が行えるとした記述を誤りとして出題されています(複数回にわたり出題されています)
労基法92条2項の行政官庁は、所轄労働基準監督署長となるため、ケアレスミスに気をつけてください。
罰則
労基法92条2項の変更命令に従わない者は、30万円以下の罰金の対象です(労基法120条3項)
なお、変更命令に基づいて就業規則の変更手続をとったとしても届出をしない場合は労基法89条に違反し、また、就業規則の変更にあたって労働者側の意見聴取を行わない場合は労基法90条1項に違反するため、ともに30万円以下の罰金の対象となります(労基法120条)
労働協約中の同意約款に違反して作成した就業規則
労働協約に「社内規則等の制定改廃にあたり労働組合との合意を要す(あるいは協議の上決定する)」という趣旨の定めがある場合に、労働組合との合意または協議を得られないで作成した就業規則は、労基法92条1項に違反するかという疑義に対して、次のような解釈が示されています。
労基法92条は、就業規則の内容が労働協約の中に定められた労働条件その他労働者の待遇に関する基準、即ち、いわゆる労働協約の規範的部分に反してはならないという意味である(昭和24年1月7日基収4078号)
就業規則の制定手続たる「会社の社内規則、諸規定の制定改廃に関しては労働組合との同意を要するものとする」というような規定は、労基法92条には関係ない(前掲通達)
労働契約との関係(93条)
つづいて、労働契約と就業規則との関係です。
労働基準法|93条
労働契約と就業規則との関係については、労働契約法第十二条の定めるところによる。
労働契約法|就業規則違反の労働契約(12条)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
「就業規則で定める基準に達しない労働条件」を定める労働契約は、「達しない部分」については無効となります。
無効となった部分は、「就業規則で定める基準」に置き換えられます。
ここまで、就業規則に関する次の規定を解説しました。
- 制裁規定の制限(91条)
- 法令及び労働協約との関係(92条)
- 労働契約との関係(93条)
社労士試験では、そもそも「減給の制裁」に該当するか否かが繰り返し問われています。
当記事で解説した通達からの出題がみられるため、具体的な解釈を繰り返し学習してみてください。
就業規則の変更命令(労基法92条2項)については、「所轄労働基準監督署長が変更を命ずることができる」規定です。
就業規則を行政官庁が変更するものではないため、記述を注意深く読んでみてください。
労基法92条1項は「反してはならない」、労基法93条は「基準に達しない」と表現が分れます。
ちなみに、労基法13条(この法律違反の契約)は「基準に達しない」という表現です。
ケアレスミスを誘発されないようにしてください。
最後にこの記事を簡単に整理して終わりにします。
減給の制裁(91条)
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、事業場において制裁に関する定めをするならば、制裁の種類および程度について就業規則に記載しなければならない(労基法89条)
- 減給の制裁は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超えてはならない
- 減給の総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない
- 平均賃金の算定事由発生日は、減給の制裁の意思表示が相手方に到達した日
減給の制裁か否かの解釈
減給の制裁に該当する|
- 実際に遅刻した時間を超えて賃金をカットする(例えば、5分の遅刻を切り上げて30分カットする取扱における、25分の賃金カットは減給の制裁に該当する)
- 従前の職務に従事させながら、賃金額のみを減ずる趣旨の「降給の制裁」
減給の制裁に該当しない|
- 実際に遅刻した時間分の賃金をカットすること(例えば、5分遅刻したことにより5分の賃金カットを行うこと)
- 「出勤停止の制裁」を受けたため、出勤停止期間中の賃金を受けられないこと
- 「懲戒処分を受けた場合は昇給させない」という欠格条件(昇給停止)
- 交通事故を惹起したことが運転手として不適格とされたため、助手に格下げされた自動車運転手についての、職務の変更に伴う賃金の低下
- 制裁として月給者を日給者に格下げすることによる賃金の低下
法令または労働協約と就業規則との関係(92条)
- 就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない
- 行政官庁(所轄労働基準監督署長)は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる
なお、就業規則の制定手続たる「会社の社内規則、諸規定の制定改廃に関しては労働組合との同意を要するものとする」というような労働協約の規定は、労基法92条には関係ない。
労基法92条は、就業規則の内容が労働協約の中に定められた労働条件その他労働者の待遇に関する基準、即ち、いわゆる労働協約の規範的部分に反してはならないという意味である。
労働契約と就業規則との関係(労契法12条)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
(参考資料等)
厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html
- 労働基準法91条から93条、120条
- 労働基準法施行規則50条
- 労働契約法12条
解釈例規(昭和63年3月14日基発150号)