この記事では、労働基準法の「労働契約」から次の事項を解説しています。
- 賠償予定の禁止(16条)
- 前借金相殺の禁止(17条)
- 強制貯金の禁止(18条1項)
- 任意貯金の制限(18条2項~7項)
社会保険労務士試験の独学、労務管理担当者の勉強などに役立てれば嬉しいです。
当記事は、条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しておりますが、厳密な表現と異なる部分もございます。
詳しくは免責事項をご確認ください。
賠償予定の禁止(16条)
民法では、「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる」と定めています(民法420条1項)
また、違約金は、賠償額の予定と推定されます(民法420条3項)
しかしながら、労基法は民法の特別法として、使用者が、労働契約の不履行についての違約金を定めることや、損害賠償額を予定する契約を禁止しています。
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
例えば、次のような定めは禁止されます。
- 「契約期間の途中で仕事を辞める場合には、〇〇万円支払うこと」
- 「仕事中に備品を壊したら、実際の損害にかかわらず〇〇万円支払うこと」
罰則
労基法16条の違反には、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が定められています(労基法119条)
損害賠償の金額をあらかじめ定めず、現実に生じた損害について賠償を請求することは禁止していません(昭和22年9月13日発基17号)
例えば、債務不履行について「実際に被った損害に応じて賠償を請求することがある」と定めることは、労基法16条に違反しません。
労基法16条は、使用者の相手を労働者に限定していません。
そのため、使用者は、労働者の親権者や身元保証人に対しても、労働契約の不履行についての違約金を定めたり、損害賠償の金額を予定する契約はできません。
前借金相殺の禁止(17条)
例えば、労働契約を締結する際に、次のやり取りがあったとしましょう。
労働者は、「働くのでお金を貸してください」と使用者にお願いしたとします。
使用者は、「労働するなら…ええよ!」とお金を貸したとします。
その後………
使用者が、「労働者から返してもらうお金」と「労働者へ支払う賃金」とを相殺することは禁止されます。
使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。
労基法17条の目的は、金銭貸借関係と労働関係とを完全に分離し、金銭貸借関係に基づく身分的拘束の発生を防止することです(昭和63年3月14日基発150号ほか)
労基法17条では、使用者(側)からの相殺を禁止しています。
つまり、使用者が労働者(またはその家族など)にお金を貸すことは、労基法では禁止していません。
先のやり取りにおいて、使用者が「労働するなら…ええよ!」と金銭を貸付けることは、他の法令に違反しなければ問題ありません。
その後、「労働することを条件とした貸付金」と「賃金」を「相殺する」と労基法17条に違反します。
「労働することを条件とした貸付け」を禁止する規定ではないため、社労士試験の問題を解く際は注意深く記述を読んでみてください。
罰則
労基法17条の違反には、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が定められています(労基法119条)
例えば、次のように明らかに身分的拘束を伴わないものは、労働することを条件とする前貸の債権には含まれないと解されています(昭和22年9月13日発基17号ほか)
- 労働者が使用者からの人的信用に基づいて受ける金融
- 「賃金の前払」のような弁済期の繰上げ
また、生活必需品の購入等のため生活資金を貸付け、その後、貸付金を賃金より分割控除することに対して、次のように示した通達があります。
その貸付の原因、期間、金額、金利の有無等を総合的に判断し、労働することが条件となっていないことが極めて明白な場合には、労基法17条の規定は適用されない(昭和63年3月14日基発150号ほか)
労基法17条により禁止されるのは、使用者が「労働することを条件とする前貸の債権」と「賃金」を相殺することです。
なお、労働することを条件としていない債権であれば「賃金」と相殺してもよいのか というと、賃金の全額払いの原則(労基法24条)から、原則としては禁止されています。
賃金支払の5原則(労基法24条)については、こちらの記事で解説しています。
強制貯金の禁止(18条1項)
強制貯金が、労働者の足止策に利用されたり、貯蓄金の流用により払戻しが困難となるケースが発生したため、全面的に禁止されています。
使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない。
「労働契約に付随して」とは、労働契約の締結または存続の条件とすることです。
例えば、次のようなやり取りが考えられます。
- 労働契約を締結する際に、使用者が、「〇〇銀行と貯蓄の契約を結ばないと、うちでは働けないよ」と強制すること
- 雇入れ後に、「うちで働き続けたいなら、〇〇銀行に給料の一部または全部を貯金してもらうよ」と強制すること
罰則
労基法18条1項の違反には、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が定められています(労基法119条)
労働者の「貯蓄金を管理する」とは、次の①または②の方法を意味します(昭和52年1月7日基発4号)
- 社内預金制度 ⇒ 労働者の預金を会社が預かる制度(労働者の預金の受入)
- 通帳保管 ⇒ 労働者が自ら銀行等に預入をし、使用者が通帳や印鑑を預かる制度
①が、一般的にいう社内預金制度です。
②については、令和の時代では珍しい制度かもしれません。
たとえ社内預金制度でも、労働者の任意によらず使用者が強制すると「強制貯金」に該当し、法18条1項に違反します。
「うちの会社で働くなら賃金から一部を天引きし、貯蓄してもらうよ」であれば、強制貯金に該当するのか否かの判断は、比較的容易かもしれません。
強制貯金に該当するのか否かの基準を1つ紹介します。
退職金の支給を受ける労働者に、毎月に受ける賃金の一部に相当する「退職金積立金」の納付を義務づけた事案です。
通達(昭和25年9月28日基収2048号)では、次のように示されています。
「退職金積立金」と称していても、労働者の金銭をその委託をうけて、使用者において保管、管理する性格を有する以上、法18条にいう貯蓄金に該当する。
したがって、労働者がその意思に反しても退職金積立金制度に加入せざるを得ない場合には、労働契約に付随する貯蓄の契約となり、法18条で禁止する強制貯金に該当する。
任意貯金の制限(18条2項~7項)
労基法18条は、1項で強制貯金を禁止し、2項〜7項で任意貯金に制限を加えています。
使用者が労働者の貯蓄を管理する方法は、先述した、①社内預金制度②通帳管理です。
使用者が労働契約に付随して、①または②を行うと「強制貯金」です。
使用者が労働者の委託を受けて、①または②を行うと「任意貯金」です。
強制貯金は全面的に禁止されていますが、任意貯金は一定の制限のもとで認められています。
以降、任意貯金について解説します。
条文はタブを切り替えると確認できます。
労使協定の締結、届出|
使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理(以下、任意貯金)をする場合には、労使協定(書面による協定)を締結し、所轄労働基準監督署長に届け出なければなりません(労基法18条2項)
労使協定|
労使協定を締結する労働者側の当事者は、労働者の過半数で組織する労働組合の有無で分かれます。
ある場合 ⇒ その労働組合
ない場合 ⇒ 労働者の過半数を代表する者
社内預金の労使協定|
任意貯金が「社内預金制度」の場合には、労使協定に次の事項を定めなければなりません(労基則5条の2)
- 預金者の範囲
- 預金者一人当たりの預金額の限度
- 預金の利率及び利子の計算方法
- 預金の受入れ及び払いもどしの手続
- 預金の保全の方法
貯蓄金管理規程の作成、周知|
使用者は、任意貯金をする場合には、貯蓄金管理規程を定め、労働者へ周知しなければなりません(労基法18条3項)
利息|
使用者は、「社内預金制度」により任意貯金をする場合には、下限利率(年 5 厘)以上の利子を付けることが必要です(労基法18条4項)
貯蓄金の返還請求|
使用者は、労働者が貯蓄金の返還を請求したときは、遅滞なく、返還しなければなりません(労基法18条5項)
任意貯金の中止の命令|
使用者が、5項の返還義務に違反した場合には、一定の条件のもと、所轄労働基準監督署長は使用者に対して任意貯金を中止すべきと命ずることができます(労基法18条6項)
中止を命ぜられた使用者は、遅滞なく貯蓄金を返還しなければなりません(労基法18条7項)
預金管理状況の報告|
「社内預金制度」により任意貯金をする使用者は、毎年、3月31日以前1年間における預金管理の状況を、4月30日までに所轄労働基準監督署長へ報告しなければなりません(労基則57条3項)
労働基準法
第十八条
(①は強制貯金を禁止する規定)
② 使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理しようとする場合においては、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出なければならない。
③ 使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合においては、貯蓄金の管理に関する規程を定め、これを労働者に周知させるため作業場に備え付ける等の措置をとらなければならない。
④ 使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合において、貯蓄金の管理が労働者の預金の受入であるときは、利子をつけなければならない。この場合において、その利子が、金融機関の受け入れる預金の利率を考慮して厚生労働省令で定める利率による利子を下るときは、その厚生労働省令で定める利率による利子をつけたものとみなす。
⑤ 使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合において、労働者がその返還を請求したときは、遅滞なく、これを返還しなければならない。
⑥ 使用者が前項の規定に違反した場合において、当該貯蓄金の管理を継続することが労働者の利益を著しく害すると認められるときは、行政官庁は、使用者に対して、その必要な限度の範囲内で、当該貯蓄金の管理を中止すべきことを命ずることができる。
⑦ 前項の規定により貯蓄金の管理を中止すべきことを命ぜられた使用者は、遅滞なく、その管理に係る貯蓄金を労働者に返還しなければならない。
労働基準法施行規則
第五条の二
使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理しようとする場合において、貯蓄金の管理が労働者の預金の受入れであるときは、法第十八条第二項の協定には、次の各号に掲げる事項を定めなければならない。
一 預金者の範囲
二 預金者一人当たりの預金額の限度
三 預金の利率及び利子の計算方法
四 預金の受入れ及び払いもどしの手続
五 預金の保全の方法
第五十七条第三項
法第十八条第二項の規定により届け出た協定に基づき労働者の預金の受入れをする使用者は、毎年、三月三十一日以前一年間における預金の管理の状況を、四月三十日までに、様式第二十四号により、所轄労働基準監督署長に報告しなければならない。
私が仮に、「社労士試験当日に任意貯金についてどこまで覚えていた?」と聞かれたら、次のように答えます。
「制度の導入には労使協定と届出が必要で、管理規程が必要。下限利率は5厘」
どこまで暗記するかは人によりけりですが、参考まで。
罰則
労基法18条7項の違反には、30万円以下の罰金が定められています(労基法120条)。
その他にも、「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律」、「賃金の支払の確保等に関する法律」のそれぞれに罰則規定が設けられています。
任意貯金の制限で解説した、「預金管理状況の報告」をもとにしたデータです。
記事を書くにあたり気になったので調べました。
社労士試験の勉強としても、数値を暗記しなくてOKです。社内預金制度のイメージの把握に利用してください。
事業場数 | 預金者数 | 預金額 | |
令和2 | 13,574 | 53.4万人 | 8,909億円 |
令和3 | 13,422 | 41.6万人 | 8,490億円 |
令和4 | 12,430 | 37.6万人 | 8,131億円 |
参考|厚生労働省(外部サイトへのリンク)|労働基準監督年報 令和3年|14.社内預金管理状況の推移
ここまで労働基準法の「労働契約」に関する次の事項を解説しました。
- 賠償予定の禁止(16条)
- 前借金相殺の禁止(17条)
- 強制貯金の禁止(18条1項)
- 任意貯金の制限(18条2項~7項)
任意貯金の制限を除き、手続きを覚えるというよりも概念の理解が中心です。
社労士試験の勉強においては、試験勉強としての優先度もあるため、過去問題集などで頻出論点を把握してみてください。
最後に、この記事をまとめて終わりにします。
労基法16条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
労基法17条(前借金相殺の禁止)
使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。
労基法18条1項(強制貯金の禁止)
使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない。
労基法18条2項(任意貯金の制限)
使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理しようとする場合においては、当該事業場に、
①労働者の過半数で組織する労働組合があるときは「その労働組合」
②労働者の過半数で組織する労働組合がないときは「労働者の過半数を代表する者」
と労使協定を締結し、これを行政官庁に届け出なければならない。
なお、社内預金制度では、下限利率(5厘)以上の利子を付けなければならない(5項)。
(参考資料等)
厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html
- 労働基準法16条、17条、18条、119条、120条
- 労働基準法施行規則5条の2、57条3項
- 昭和22年9月13日発基17号(労働基準法の施行に関する件)
- 昭和52年1月7日基発4号(社内預金制度の運用について)
解釈例規(昭和63年3月14日基発150号)